Part 10 Last Scene

このページの写真は夜間、高感度で撮影撮影した写真を、管理人のPCのモニターで明るさ等を最適化しています。したがってモニター環境によっては、黒くつぶれてしまったり、ノイズが目立つ場合があります。
あらかじめご了承下さい。
 

羽田に着き飛行機を降りてからすぐに携帯の電源を入れ、JAノLの発着案内のページを開いた。1030便は千歳を18時10分に出発し、羽田到着は19時40分となっていた。無事上がってくれたことと、それほど遅れていないことにホッとした。羽田はすでに雲も晴れRW22へのアプローチもILSからVOR/DMEに変更になっている。これならば遅れが拡大することはなさそうだ。間もなく迎えるラストシーン、1030便がどこのスポットに入るか、これが第一の関心事だった。発着案内のページには「北ウィング」とだけ表示されていた。何番スポットに入るのか、それによって写真の撮り方が変わる。まず出発の案内板で19時半から20時過ぎの出発便のスポットを調べてみた。既に駐機している訳だからここに入ることはあり得ない。今朝009Dが出発した18番スポット、ここは撮りにくいので出来ればは避けたかったが20時過ぎの出発便がありひと安心。777クラスが入りそうなスポットでその時間帯に出発便がないスポットでいくつか目星をつけ、下見に行ってみた。その中で一番いいと思ったのが16番スポット。ここはガラスに対して真正面に駐機する。これならフードを押しつければガラスの写り込みもあまり気にしなくていい。そして17番スポット側に行けば左側からスポットインの写真も撮れる。後は運を願いつつ北ウィングの北端に向かった。ここに来たのはもちろん訳がある。北ウィングで一番RW22に近い場所だった。といってもRWまでは結構な距離がある。おまけに外はすでに真っ暗で、タキシングする機体も多い。写真にはならない場所であるが一応着陸の姿は見えるので、最後の着陸をここで見届けることにした。カメラをセットする。1Dにレンズは135mmF2。夜間手持ち用に持ってきたレンズである。画質が荒れるので出来ればISOは上げたくなかった。まず800で試してみた。露出はマニュアルで絞りは開放F2、シャッター速度は1/125。しかしこれだと光の当たっている機体をスポット測光してみても、インジケーターは-2以下。シャッター速度はこれ以上落としたくない。仕方なくISO1600にセットした。これなら何とかなりそうだった。3200にならなかっただけよかったとしよう。
この時点で19時10分過ぎ。到着まで既に30分を切っていた。エアバンドをアプローチに合わせた。1030便はまだ入ってきていない。最初のアプローチとの交信の際にスポットナンバーを告げる時がある。それを聞き逃すまいと思っていたが、飛行機からの交信は建物の中のせいか雑音が多く、便名を聞き取るのが精一杯だった。座っている場所を移動したり、レシーバーの角度を変えたりしてみたが状況は変わらなかった。そして雑音の中から「JapanAir 1030」のコールが聞こえてきた。千歳からのいつものルートをいつもの高度で通過している。スポットナンバーはこの時はわからなかった。高度が徐々に落ちていく。向きを羽田へ変えていく。最後の瞬間が近づき始めていた。そして1030便はタワーにハンドオフされた。すぐに周波数をタワーに切り替えた。「Tokyo Tower JapanAir 1030 Spot16」16番スポットだった。ここからは少し離れているが、22だと着陸してからスポットインまで時間がかかるので十分間に合う。1030便にすぐに着陸許可が出た。前にはまだ何便かいるはず。機体が下りてくるのがわかるたび、カメラを向けシャッターを押した。それから3便ほどしたのちに下りてきた少し大きめの機体、闇の中に浮かぶ明かりに照らされた尾翼に、見慣れた虹のラインが浮かび上がっていた。機体は何となくシルエットでしかわからない。しかし、尾翼ははっきりとわかる。虹塗装の009Dの最後の着陸、写っても写らなくてもいい。虹のラインがわからなくなるまでシャッターを押していた。22エンドまで行った光の点はやがて向きを変え、「Contact Ground」の指示を受けた。荷物を持ち、スポットインが撮れる17番スポットのあたりまで急いだ。
光の点が少しずつこちらに近づいてくる。やがて虹の尾翼も見え始めた。闇の中に「JAPAN AIR SYSTEM」の文字が浮かぶ。そして機首は向きを変え、今度は「JAS」のロゴが浮かぶ。窓越しでもタキシングのエンジン音は聞こえる。「ウォーン、ウォーン」といつもの音だった。音がどんどん大きくなる。一瞬17番スポットの機体の影に隠れた機体が再び姿を見せた時、左側の機首が見えてきた。大きなJASのロゴを従えていた。
スポットの明かりに照らされて機首はその明るさを増していく。灰色マスクも識別できる。窓越しに乗客の姿も見える。やがて灰色マスクがボーディングブリッジに隠れ、JASのロゴも隠れていった。機体の動きが止まった。静かな回転音を響かせていたエンジンが一瞬金属音を響かせてその動きを止める。ボーディングブリッジが機体に張り付く。少しの間の後ブリッジの小さな窓から乗客の姿が見えた。虹塗装009Dの運航が終わった瞬間でだった。
16番スポットの正面に移動した。乗客の降機はまだ続いている。ビジネスマン、観光客が速い足取りで到着ロビーに向かっていた。この人達は虹塗装ラストフライトということを知っていたのだろうか。機体に目をやると貨物室のドアが開き、コンテナを降ろす作業が始まっていた。結構な数のコンテナが降ろされてきた。やがてケータリングのトラックが近づき、荷台の箱をドアの前まで持ち上げる。右側のドアが開いて機体と肩を並べた。また、JASと書かれた車が近づき下りてきた人が数人機体に乗り込んでいった。
しばらくして機体から下りてきたと思ったら、何かを持って再び機体に乗り込んでいった。コックピットでは人影が動いているのがわかる。そんな一連の動きをじっと見ていた。本来ならこの場では今日の片づけと明日に向けた準備が進められるのだろう。しかし、明日はない、今日の片づけとハンガーに向かうための準備が進められているのだろう。
人の動きが落ち着いた。トーイングがーはまだ近づいてこない。009Dの真正面のイスに腰掛けた。何も考えることなくただ機体を見つめていた。こうしてRainbow777を目で見つめていられる時間もあと少し。時間の限り目に写しておこうと真っ直ぐ機体に目を向けていた。
出発便はあと2〜3便。人影もだいぶ少なくなってきた。16番スポットのあたりにいたのは、自分とそばのテレビに写っていたサッカーの試合を見ていた人くらい。通る人はそれぞれが乗る便のスポットへ急いでいく。ケータリングの車が機体を離れた。しかしトーイングカーはまだ来ない。まだ動かないと信じて、17番スポットのあたりに行ってみた。後のドアでケータリングの車がまだ作業をしている。ドアとの隙間から機内の明かりが漏れていた。あの車が立ち去ったらもうすぐだろう。そう思って16番スポットに戻った。戻るとすでにトーイングカーが横付けされていた。ここから離れる時が近づいていることを悟った。尾翼の向こうに先程のケータリングカーが離れていくのが見えた。すでに到着から1時間近く経っている。コックピットではまだ人影が動いていた。やがてトーイングカーが少しバックして向きを変えて前進し、009Dの前脚をそっと抱え込んだ。ここを離れる時間は刻一刻と近づいている。エアバンドをグランドに合わせた。なぜかグラウンドとトーイングカーの交信は日本語で行われる。日本語が聞こえた時は動く時、聞きたくない、聞き逃さない、その思いが交錯していた。ボーディングブリッジが後退を始めた。左側のJASのロゴが姿を現す。すかさずシャッターを切る。機体にはブリッジの影が映っている。そんな些細なことに気づいてしまうほど気分は張りつめていた。そして聞こえてきてしまった日本語。グランドから指示されたスポットはあまり聞いたことがなかったが見当はだいたいつく。機体上部の赤ランプが点滅を始めた。トーイングカーがエンジンを吹かす。これまでずっと静止していた機体が後退を始めた。グレーマスクが遠ざかっていく。ファインダーに徐々に暗い部分が増えていく。カメラを顔からはなししばし目で見つめる。今009Dはどんな心境なのだろう。これからの運命を知っているのだろうか。これから連れて行かれる場所のことを知っているのだろうか。機首をハンガーの方に向けた時、静かに動きを止めた。今つけているレンズは単焦点。機体の全部はおさまらない。機首、尾翼を何回かに分けて撮った。やがてグラウンドから指示された道を009Dは再び静かに動き始めていった。少し右側に向きを変え、全身をファインダーにのぞかせてくれてシャッターチャンスをくれた後、009Dは視界から消えていった。軽いため息の後、荷物を持ち、ハンガーの望める3番スポットあたりを目指す。
すでに出発便はない。到着便も少なくなってきたターミナルは閑散とし始めていた。スタッフは帰り支度を始めている。そんな中、一人3番スポットを目指す。通路を抜けるとイスやカウンターが並ぶ空間が広がった。もう到着便の気配もない。1つだけついたテレビの前では降機した乗客と、スタッフの何人かが手に汗を握らせながらサッカーを見ていた。その先の窓から見える闇の中にJASのロゴが浮かび上がっていた。窓に駆け寄っる。シャッターを押した。少し右側にずれて再びシャッターを押した。機首を照らしていたのはハンガーからの明かりだった。今日のつとめを終えた009Dはもう沈黙している。今朝の風景、関空での風景が思い出される。そして千歳での光景を想像してみる。しばらく窓の前に立ちすくんでいた。その時後に人の気配を感じた。警備員だった。状況的に不審に思われても仕方ない。しかし警備員はこの時何も言わず遠ざかっていった。この場所を動きたくなかった。自分に今がこの場所がRainbow777を見る最後の時。時間が止まってくれればいいとも思っていた。でも状況的にいつまでもここにいられない。警備員に追い出されてここを離れるのはイヤだった。もう行かなければ・・・。でも歩き出す踏ん切りがつけられない。足を持ち上げようとしても践みとどまってしまう。このままではいつまで経ってもラチが開かない。そこで1つの決心をした。10数えてここから立ち去ろうと。数え始める前、カメラを構えシャッターを切った。これが最後の撮影となった。機体に目をやり1、2、と数え始める。「ありがとう」。6、7、8、「さよなら」9、そして「10」。首をRainbow777に向けたまま足を踏み出した。少しずつ視界から遠ざかっていく。そして柱の影に入った時、Rainbow777は視界から消えた。ようやく首を前に向け、到着ロビーにむけて歩き始めた。涙は出なかった。そのかわり満足感で一杯だった。最後の最後まで悔いを残すことなく今日を過ごすことが出来た。見送ることが出来た。満ち足りた気持ちでモノレールに乗り込んだ。快速浜松町行モノレールが新整備場を通過した。進行方向右の窓にへばりつく。車内の光の反射を手で覆う。地上に出るとハンガーのドアは全て開けられ、あふれんばかりの光があふれだしていた。その前に1機の機体。ここからでは何の機体かははっきりとわからない。しかし009Dであることに間違いない。あの明かりは009Dを迎えるために照らされている。そう確信し、ハンガーの明かりと小さく見える機体を見つめていた。やがてモノレールは左に向きを変え、ハンガーからの光も見えなくなった。

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